版木も彫り終わり、摺りに取り掛かります。雁皮紙は、高知国際版画トリエンナーレで有名な、高知県井野町で漉かれた、雁皮紙を使用しました。ちなみに、高知国際版画トリエンナーレの立ち上げには、武蔵野美術大学の卒業生でもあった、故日和崎尊夫さんのご尽力があったと伺っております。私事で恐縮ですが、高知にはたびたび行ったことがあります。飛行場に降り立つと、南国の太陽がぎらぎらと耀き、目に入る全ての事物が、その陽光を受け、耀いているように感じました。漆黒のなか、きらめくような刻線で表現された、日和崎さんの木口木版画の世界を連想させられました。その時から私は、日和崎尊夫さんの木口木版画の世界は、彼が生まれ育った、四国、高知の風土に深く根ざした表現だと考えるようになったのです。
十六コの本バレンで渾身の力を込めて摺ります。雁皮紙に版画が摺り取られたようです。この後、雁皮紙の余白をカッターで切り取り、台紙となる、厚紙に貼り込みます。
貼り込みは、スティック糊を使うのが簡単です。大和糊を刷毛で塗り、裏打ちする方法もあります。この方法は、若干の経験が要求されます。
様々な摺りのバリエーションの展開の中から、通称、鏡摺りという技法を試してみました。この技法は、同一の版木から、雁皮紙の裏表に画像を摺り取る方法です。技法的には実に簡単な方法です。構図がシンメトリーになり、一見斬新な視覚的効果が得られます。雁皮紙を使うことによって得られる効果でしょう。しかしながらこの手法は、多様すると画一的な画面が連続し、動きがなくなってってしまう事もあるようです。この技法を日本で、初めて使ったのは、柄澤斎さんだったように思います。ずいぶん昔ですが、柄澤さんは、日本版画協会展に鏡貼りの作品を出品されていたようです。 印象に残る素晴らしい作品でした。
鏡貼りの技法を積極的に活用し、木口木版画のこれまでの概念を覆すような大きな画面を作りあげたのが、小林敬生さんでした。
ところで、在外研修でイタリアに出向いたとき、お土産として 、日本の薄手の雁皮紙を持っていきました。海外では、日本の雁皮紙ほどの薄い紙を漉く 技術が無いようで、とても喜ばれました。イタリアでは、雁皮紙を絵画や書物の修復に使用しているようでした。
木口木版画の実習も終わりに近づきました。様々な作品が仕上がってきました。
各学生の作品は、台紙に貼りこみ、手製のブックケースに収めます。こうして各年次ごとに学生達の作品を 保存しています。
約一ヶ月に渡った、木口木版画の実習は、この学生達の版画集の完成で終了となります。
今回の実習では、一ヶ月の間に、十点近く作品を彫り上げた学生がいます。彼の作品を1点ご紹介いたします。連発ビュランを使った作品です。版木は、集成材の版木を使用しています。
作者は、吉田庄太郎君です。彼の制作の姿勢を見ていて、かつて、木口木版画にめぐりあった時代の自分自身の状況を思い出しました。
様々な場所で木口木版画を指導していて、木口木版画の制作に熱中する人々に出会うことともしばしばございます。そういう出会いは、本当にうれしいものです。
できるだけ多くの人々に、木口木版画の魅力を伝えたいと考えています。今回の木口木版画実習は、これを持ちまして終了となります。